Mi amas TOHOKU 東北が好き 2021
十年目の会話




Vol.3  
福島のおふたりと


Mi amas TOHOKUの活動を始めることになったのは2011年。
東日本大震災が起こり、何か自分たちにもできないかと思っていたときのこと。
仙台の編集プロダクションSHOEPRESsと東京のアーティストユニットkvinaが出会い、
一緒に東北を想い、ものをつくる活動からはじまりました。
十年が経ち変わったものもあれば、変わらないものもあります。

第三回目は福島のみなさんと一緒に、東北のことを想う時間にしたいと思います。

進行:高橋亜弥子
参加者:藁谷郁生(LIFEKU実行委員会/pickandbarns)、藪内義久(LIFEKU実行委員会/OPTICAL YABUUCHI)
             kvina 〈田部井美奈、野川かさね、小林エリカ、前田ひさえ〉






福島のふたりとの出会い


高橋:出会いは十年前なんですよね。

藁谷藪内:あっという間ですよね。

高橋:おふたりとkvinaのみなさんとの出会いは山形の夜でしたね。

kvina:Mi amas TOHOKU(Mi amas TOHOKU東北が好き)でSHOE PRESsのみなさんたちと仙台や山形をはじめいろいろな場所をまわっていた旅の途中でした。

高橋:ちょうどその少し前におふたりからLIFEKUの活動をはじめようと思っている、という話を聞いていて。今度、山形へ行くのでよかったらお会いしませんか、とお誘いしたんです。そのときは山形と福島との距離がどのくらいなのかもわかっていなかったんだけれど。
でも、おふたりはお店のお仕事が終わってから、来てくれたんですよね。

藪内:写真探したらそのときのありましたよ。

藁谷:ぼくもありますよ。

藪内:2011年12月でしたね。

kvina:わあ!みんなで藪内さんの眼鏡を掛けさせてもらっていますね。「CÓYA(コウヤ)」ですね!!ハンドメイドのオールウッドフレーム。

高橋:藪内くんの眼鏡店「OPTICAL YABUUCHI(オプティカルヤブウチ)」で、Mi amas TOHOKUのグッズを置いてくださっていたのがそもそものきっかけでした。

藁谷:それでLIFEKUの活動の話をしに(山形の宿へ)行こうという話になって。
その時に大事件が起きたんだよね。
田部井さんか誰かがお酒強くて、自分どんどんお酒注がれて。

kvina:kvinaは全員お酒強いんです(笑)

藁谷:実は、ぼくお酒弱いんで、、、。藪内くんは早々に気絶して寝て。
でもとにかく初対面だからと思って、とにかく注がれたら飲まなきゃと思って全部飲んでたらべろべろになって。ずーっとそれが続いたんだよね。横で藪内くんはずっと寝てて。

藪内:次の日怒られたんだよ。帰りの車で。おまえ寝てて、何やってるんだって(笑)

藁谷:先に寝るってありえないぞ!とかって。めちゃくちゃ怒って(笑)

小林:kvinaが夜じゅうお酒注ぎながら質問攻めにしたのを覚えています。折角、はるばる温泉宿に来ていただいたのに、温泉に入らないまま明け方帰っていったというお話を聞いて、申し訳なかった!と。

藁谷:もう食事も食べず温泉にも入らずに、呑んでたんだよね。田部井さんが一升瓶をずっと抱えてて、ぼくが飲み終わると入れるっていうのをずっと繰り返していて。それが夜中の三時くらいまで(笑)。

高橋:とんでもない人たちに捕まった、って思ったでしょ。

藁谷・藪内:(笑)

小林:その後、FOR座RESTとかLIFEKUとかの活動に参加させていただけることになりました。

藁谷:みんなで信夫山の烏ヶ崎展望台へ行ったり、市内をまわってもらったり。

藪内:東京ではPARCOのロゴスギャラリーの展示のときにご一緒したり。

小林:(野川)かさねちゃんと私でも、その後ふたりで福島へおじゃまして、信夫山でコーヒー淹れてもらいました。

藁谷:最後、新幹線のホームで手を振ってるところ映像にもなってましたね。

ああ、懐かしい。むちゃくちゃ懐かしいですね。まだ雪が積もっているころで。

野川:山形でお会いした後、すぐに連絡をとって1月にお邪魔したんですよね。すぐ行ったの、嫌じゃなかったかな?

田部井:また呑まされると思って(笑)

藁谷:いや、めちゃくちゃ嬉しかったですよ。

高橋:思えばあの最初の一、二年、ずっと今までもそうかもしれないけれど、色んなイベントとかもあったし、おふたりも東京に出てきて色々なイベントに出演されたりしていて。
私、おふたりの言葉で忘れられないのが「突然、最前線になっちゃった」って。
きっと慌ただしかっただろうなって思う。

藪内:でも、必死だったよね。知ってもらうのもね。

藁谷:目の前のことに追われてやってた感じだった。とにかくいろんな話が来たから、ひとつひとつちゃんとやっていこう、ってやってたんで。
あの時は、今振り返ると忙しかったです。

藪内:ほんと、毎日、藁谷さんと会ってたもん。つきあってるのか、くらい会ってた。

藁谷:家族より会ってるって、その時は、言ってたもんね。

藪内:よく会って、よく話して。

藁谷:ちょうどあの時は、藪内くんがひとり暮らしだったんだよね。ちょうど家族が山形に行っていたから。仕事の後、いつも会ってた。

藪内:奥さんに軽く怒られたもん(笑)。また一緒にいんの?!って。

藁谷:仕事とうちとどっちが大事なんだって(笑)
でも、本当にたくさん出会いがあって。LIFEKUをとおして、kvinaのみなさんはじめ、それこそふつうに福島に暮らしていたら、絶対今まで出会えなかった人たちと出会えた。

藪内:いっぱい手を差し伸べてくれたから、ぼくたちは手を繋ぐことができた。

藁谷:きょうもまたこうして会えるって。みんなピンバッチつけてくれてるし。


LIFEKUの活動


高橋LIFEKUとしてたくさんの活動をされて、鳥小屋を作ったりもしていましたね。

藁谷:あれはLIFEKUの活動とは別なんですが、福島バードハウスプロジェクト“TUPI”でkvinaのみなさんにも鳥小屋を作っていただきました。

藪内:今も店の前の木に飾ってあるんです。もう何年間かな。4年位かな。まあ、まだ鳥が入っていないんですけれど。

藁谷:ここの県庁通りは、高い木がないから、シジュウカラがあんまりいないんですよね。

kvinaFOR座RESTも参加させていただきましたね。

藁谷:あの時はほんとバタバタしすぎてて記憶がない。なんかスケジュールもかつかつだったから、あっという間に終わったね。

藪内:震災後、五年で復活できたんだよね。

高橋:二年前にもみんなで福島へ行きましたね。あんざい果樹園さんへも行って、utsuwa.garally あんざいさんでコーヒをいただいたり。

kvina:そうそう。ヤブウチビル(が新しくなってギャラリーもできていて、3階にある「食堂ヒトト」さんへも行きましたよね。

高橋LIFEKUの知絵さんに花見山を案内していただいたんですよね。桃と桜と菜の花がみんないっしょに咲いていてすごく綺麗でした。

田部井:個人的には王芳! 餃子がめちゃくちゃおいしかったです!

藪内:美味しいですよね。もちもちでね。

小林:王芳のメニュー、おふたりは全制覇したんでしたっけ?

藁谷:ぼくは食べてますね。自分がお客さんに「王芳はこれとこれは美味しいよ」って限定して言っていたら、おじさんもおばさんも「全部美味いのに、おまえなにがわかってるんだ!」っていわれて。一回全部ひととおり食べてから勧めるならいいけど、全部食べてないのに限定して言うなっていわれて(笑)。なんか、強制的に毎日行かされて、今日はこれって順番に出されたんです。全部ひととおり食べて、全部ひととおり美味しいよって、お客さんに言うようになりましたね。

kvina:おお〜〜〜

高橋:王芳修業があったわけですね。

藁谷:はい、ありました。


最近の福島


高橋:最近、街は変わりましましたか?

藪内:この県庁通りに関していうと、結構変わったと思いますよ。お店も増えたと思うし。
藁谷さんの働いているPICK-UPもこの通りに来たし。他の服屋さんとか、カフェもできたり。
アーケードがあるんですけど、そこも全部新しくリニューアルして綺麗になりました。
コロナの前の頃にはイベントも結構やっていて、たくさん人が来てくれていました。
福島県内でも結構注目されている通りだと思う。

藁谷: PICK-UPも2019年4月に県庁通りに移転させてもらいました。それがここ数年で一番大きな出来事でした。
もともとみなさんに来てもらっていたPICK-UPの隣に大きいマンション建設が決まったんです。うちは持ちビルだったので、そこを譲って欲しいってずっと相談されていました。
藪内くんにはそのことを全然言っていなかったんですが、ある時、藪内くんが、県庁通りのここがーービスポークカンノさんが借りてた場所ーー空くからPICK-UPさん来ないかって誘ってくれて。
藪内くんは、ただ単に近くに来て欲しいって思ってくれたみたいで、まず声をかけてくれた。そのタイミングで引越ししてこれた。

藪内:ほんとにいいタイミングだったよね。

藁谷:みんなで何回もミーティングして、実は一回残るって決めていたんですよ。あの場所でずっとやってこうって。決めてたんですけど、みんななんかちょっと違和感があって。建物が古くなっていたり、地震もこれからも起きないこともないし、どうしようかって言っていた。そのタイミングで声をかけてもらえたんで。

藪内:こっちも願ったり叶ったりです。まさか来てくれるなんて思ってなかったから。ダメ元で。

藁谷:その後、姉妹店のレディースのお店BarnSが9月にここ県庁通りのPICK-UPと一緒になって、いまはひとつの店でメンズとレディースをやってます。
それからコロナがあって、緊急事態宣言とか色々あったんで、多分2019年に移転できなかったら難しかっただろうし、コロナのときに移転するって考えられなかったから。
状況的にもすごくいいタイミングでした。それに、ここはすごくいい通りだし。お客さんの数が違うんですよ。

藪内:変わりましたよ。PICK-UPさんが来たり、ペントノートができたり、前に比べたら2倍とか3倍とか若い人の人通りある。
まわりの商店街の人たちからも、あそこの通りいいよね、いつも人がいっぱいいるねって、言われ始めている感じですね。

藁谷:とにかく、いちげんさんが多い。若い子たちが。

田部井:それはいいことですね。

藁谷:少し場所が変わるだけで世界が違う。やっぱり越してきたら、自分もまたその場所のまわりのこと考えだして、劇的に変わった。
コロナで人が来なかったり、飲食店とか大変だと思うんですけど、うちはそういう意味では恵まれています。新しいお客さんが多いので助けられている、というのはありますね。

藪内:前より人が増えている感覚はすごくある。
まわりは土地の値段が下がっているんですけど、ここだけは土地の値段もあがっているって話ですよ。

高橋:コロナになって、通りに人がいるかいないかで、こんなにも印象が違うんだって気付きました。

藪内:5月くらいはだいぶ閑散としてましたけれど。最近は福島も感染者がまた下がったんで、今日みたいな天気の日にはだいぶ人が出てくれていますね。

藁谷:みなさんもコロナになって近況変わったと思いますが、どうですか?

田部井:kvinaの事務所があるこの場所は、オリンピックの会場に近いんですけど、コロナがなければ、凄い人だったんだろうけれど、今は、空きテナントがとても増えて、人が少ない状況が続いていますね。

藪内:仕事のやり方は何かかわりましたか?

田部井:私自身は東京が緊急事態宣言が出た時は、家にわりとこもってほぼリモートだったんですけど、今、またもとに戻っていますね。多分kvinaのメンバーもそういう感じじゃないでしょうか。やっぱり電車の通勤とかでは、人が多かったりしています。今年に入ってからは、ほぼもとに戻った印象がありますけど、会議とかはオンラインが続いている。

藁谷:こないだ田部井さんとチオベン山本千織さんのインスタライブ見ました。本を買わせてもらってうちで読んでますよ。

田部井:わ、ありがとうございます!

藁谷:野川さんはどうですか?

野川:そもそも私は東京に住んでいても、もともと人混みとかにもあんまり出ないので(笑)。そういう意味ではペースは変わらないんですけれど。でも、東京都外に出るってことを控えていたので、今までになく山には行けていなくて。やっと緊急事態宣言が解除になったので、来週あたりに行こうかなって思ってます。
解除の合間を見て山へ出かけたり、都内にも自然が多いので東京の裏山みたいなところをふらふら歩いていたりして過ごしていましたね。

藁谷:移動ができないから、行きたい場所にもいけないですよね。

野川:ちょくちょく行ってはいたけれど、いつもみたいに気軽に行くことはなかなかできないですね。行く所によっては東京から来たってことをあまり良くは思わないところもあるだろうし。私が行くのは自然の中なので人は少ないのですが、その周辺のエリアは集落も小さいし、東京から来たっていう私みたいな人が不安を与えちゃうところもあるかも、というのもあって、少し控えていましたね。

藪内:東京の人は気を使わなきゃなんないんだなって。感染数も多い人が気を使わなきゃなんないっていうのはね・・・・。ぶっちゃけ十年前にうちらが感じたことでもある。福島から来たってすっごく言いづらかったんで。

藁谷:自分たちも福島でライブだったりイベントだったり開催しづらくて、殆どやれてないんですね。でも、できないことで、どうしようとか、みなさん考えたりするんですか?たとえば前田さんも個展とかはどうですか?

前田:ギャラリーは慎重にならざるを得なかったり、都からの要請もあったり、すごく大変だと思います。個人的には普段の生活は殆どそんなにかわらない。打ち合わせがほぼオンラインになった以外は、淡々と作業して、アトリエと保育園とを往復する生活で、大きくは変わりません。でも、遠くの美術館へ行くとか、友達に会いに遠出するという、当たり前にできていたことができなくなって、そのことがじわじわと何かを変えている感じはします。私の実家は那須にあって、やむを得ない事情で行ったり来たりしていたんですけれど、まわりの友人たちは実家に行くのさえはばかられるって。みんなもう一年帰ってないよとか、そういう話はすごく聞きますね。

藁谷:藪内くんは展示会とかはリモートになっているの?

藪内:また4月に展示会あるんですけど、それは行かないとかな、と思ってて。

藁谷:やっぱり実際行かないといけない、というのはあるよね。

藪内:実際、ものを見ないとわからないというのはあるし、やっぱり感覚的なものは鈍るかなあというのもあって。でも、メーカーさんも、ものを送ってくれたりとかいろんな工夫はしてくれてたんですけよね。やれなくはないけれど、ちょっと違うなって感覚かな。
あとは、気をつけ方がだんだんわかってきたので、それに準じて気をつけながら、という感じです。

藁谷:十年前の地震ってたまたまぼくらの暮らしている場所の近くで起こったんですけれど、今回のコロナはみんなの問題だから。

藪内:全員それぞれ苦しいよね。

高橋:でもあの時とおなじような形で、やっぱり捉え方が人それぞれ違うんだなというのはすごく感じます。この人はあんまり気にしない人だとか、この人は凄く気にする人だとか、そういうのはある。

薮内:そこで摩擦がね‥‥。ぼくらも放射能ではね。うちなんかもそうだったけど、子どもがいる人なんかはすごく敏感だったし。
コロナでも俺はかかんないって言ってる人がいたりとか、本当にそれぞれですね。

高橋:止まりっぱなしだと動かないから、何かはやらなきゃいけないっていうのは、十年前のことを思い出しました。
動かないと安全かもしれないけれど、でも何かしなければはじまらないっていうか。


震災から十年経って


小林:震災から十年経って、放射能のこととか、実際どんなふうに考えているのでしょうか?

藁谷:こないだ3.11が十年を迎えて、大熊に住んでいる友達とか、双葉に居る人とか、たまたま話す機会があったんです。十年経って、暮らし自体は十年前と殆ど変わっていないんですよ。整備されたり、生活自体は安定しているけれど、ぼくらみたいに日常的に当たり前の生活をしているっていうよりも、十年前に起こった震災の延長線上で、ただ十年経ったってだけなんです。
ぼくらってどうしても節目って決めがちですけれど、その人たちってあんまり何も変わっていなくて、まだまだやることが沢山あったり、実は解決していない問題は本当にたかが十年で変わらない。そういう話を聞くと、続けていかなくちゃいけないことや、自分たちにできることってなんだろうって、考えたりしましたね。

藪内:福島県って横に長いので、浜の方とか、原発に近い方とか、ちょっと感覚が違うっていったらおかしいけれど、やっぱりぼくらとは違うよね。

藁谷:(浜の方は)流されたしね、全部。

藪内:故郷から出て、戻るか戻らないか今でも悩んでるとか。でも親がそこに住んでて、戻ってきて欲しいって言われてるとか、いろんなパターンがある。
中通りに関して言うと、放射能に関してはだいぶもうフラットな状況になりつつも、ぼくは魚釣ったり、山菜採ったり、キノコ採ったりすると、毎回調べてるんです。
やっぱり調べると、毎回出るんですよ。こないだも安達太良山の森で採ったキノコは、150ベクレル/kgぐらい出たから、これ駄目だ捨てようね、ってなって。その時にまた、ハッとしますよね。そうだよね〜みたいな。
宝物みたいにして採ってきたキノコなのに、悲しいな、って。
親父とかおふくろとかもキノコ採り好きだった。けれどもう行けないから、やっぱり食わせたいなと思うわけですよね。でも、逆にあっちが心配するんですよ。これ、大丈夫なのか?!みたいな。
自然のものを採ったりすると、調べなきゃ、って思う感覚は、ぼくは未だにある。
普通に米とか市場に出回ってるものに関しては線量検査しているので問題はないって思ってます。けれど、天然のものはね。

小林:そういえば、藪内さんからむかし、キノコ採りの話聞きましたね。

藁谷:あの話の破壊力はすごいよね。

藪内:ぼくがキノコに当たったっていうと、もうだれもぼくが採ったキノコ食べてくれなくなる(笑)

全員:(笑)

藁谷:節目の時には、テレビ番組も原発の話とかするでしょう。やっぱり、未だに怖いですよね。汚染水の処理の仕方とか決まっていなですし、処理したとしてもトリチウムが残ってさ。それが長い年月かけないと線量が下がらないっていうのは、やっぱり考えさせられる。

藪内:こないだの地震で水量下がったって、今回水増やしたじゃない(東京電力福島第一原発1号機の格納容器内の水位が2月にあった地震で低下し、注水量を増やした)。水どこいったんだろうって思うよね。

藁谷:ほんとそう。不安は拭えないよね。

藪内:デブリだってまだ実験的に取ったくらいだもんね。

藁谷:そういう状況がずっと変わらないので、本当に複雑な気持ち。

高橋:こないだの地震は結構大きかったけれど大丈夫でしたか?

藁谷:揺れた感じは、前の震災より揺れたんですよ、ぼくは。

藪内:短かったんだよね。

藁谷:短かったんだけど横揺れがすごかった。もうぼくは正直死ぬかと思いました。もう終わったって思いました。そのくらい揺れたよね。

藪内:揺れた。

藁谷:家が大変で、本棚が倒れたり、食器棚が全部倒れた。食器とかガラスの瓶は全部割れちゃった。その後、停電になったんですよ。断水はしなかったし、うちはガスだったから、水もお湯も使えてまだ良かったんですけど。
やっぱりすごく怖かったですね。
藪内くんとはお互い大丈夫?って言い合いながら、お互いやばい写真送って、一応無事は確認し合いました。

藪内:うちもある程度は家のものも割れました。店のビルの方では、3階に入っている「食堂ヒトト」の食器が100枚くらい割れちゃった。上の方は揺れるんですよね。で、米飴とか油とか床に落ちて、そういうのとれないからね。
ビルにもひびはいって、こないだ直したんですよ。ただ、こないだまた揺れたら、またヒビが入って。直したばっかりなのに。
当分、直すのをやめて、様子見ます。また壊れるから。

藁谷:ここ一週間でまたでかいの来るっていってたよね。怖いですよね。備えなきゃ。

藪内:地震、多いよね。十年目にしてこれか、って思いましたもん。

藁谷:一発一発がでかいんですよ。あれを余震って言われると、すごく怖いよね。

メダカを飼っているのですが、その琺瑯のボールから床に水がこぼれて、そこに本棚倒れて、植木鉢が割れて土が散らばって、それから停電になったんですよ。

田部井:大変‥‥。棚とか耐震の器具付けはしていたんですか?

谷:していなかったよね。(気が)ぬけてるんですよ。もう安心してて。

藪内:最初の2、3年は気をつけてた。そのあとはもう、あれだけ大きいのがきて、もうストレス抜けてるから平気だろうなって、思ってた。

藁谷:そうそう。

藪内:でも、今回もう、つけましたもん。全部ガードをつけて棚が落ちないようにしましたね。

藁谷:ぼくも本棚はロープで補強しましたけど、もう一回来るっていうからね。

藪内:うちの駐車場は、いま、ブロック塀に「崩落中」って書いてあるんですよ。

藁谷:やばいね。

藪内:ブロック塀触ったらもう、ぐらぐら揺れるの。車のすぐ隣なんですよ。やばい、どうしようと思って。でもしょうがないよね。

藁谷:ちなみに、めちゃくちゃ揺れた時は動けなかった。何もできなかったですね。とにかく倒れたり、あ!とかって思ってるんだけれど、怖くて動けなかった。でもいろんな人から心配してもらってありがたかったんですけど。

藪内:常に備えてなきゃなって思いました。まあ、そういう国なんだなって。揺れるし、いろんな被害があるし。こういうところに住んでいるんだなって意識を常に持っておかないと。いちいち驚いて、ああ準備してなかった、っていうのはね。

藁谷:でも、そういうところに原発があるってすごいよね。

藪内:間違ってるよ。

藁谷:難しいですよね。生活で電気使えないって‥‥。

藪内:浜なんかはソーラーがすごいよね。たまに相馬の方とか行くんですよ、新地町の方は津波すごかったんですけど、いまはメガソーラーがすごい。浜の方はもうメガソーラーばっかりですよ。
メガソーラーは国も支援してるみたいですよ。
風力発電も4基だけあるんだけど、あれも増やす予定らしいよ。

小林:じゃあ、浜の方へ行くと風景が変わったという感じですか?

藪内:だと思いますよ。
震災前だと、ぼくは新地町の近くにある浜辺が好きでした。すごくローカルな場所だったんだけど。今もそこが残っているというのは確認したんだけど、行けないですね。3月11日の一週間前にそこ行っていたから、変にリンクしちゃって。
そこへ遊びに行った時、あちこちに家があったんだよね。
それが今、全部流された後に、メガソーラーになったり、風力発電機が建ってたり。ただの更地になってる。
海辺にはもう建物がない。
ああ、ここの風景変わったんだろうな、っていう印象ですよね。

藁谷:日本の電力の何%を原発が占めてるんでしたっけ。約30%くらいか。

藪内:でもソーラーも汚染物質になるって。環境問題になっちゃってるよね。

藁谷:簡単じゃないよね。これ考えちゃうときりがない。答えがない。

藪内:うん。

藁谷:考えちゃうよね。あと忘れてたしね。
あれだけ備えようっていって準備してたけど、おれ準備してたものの場所一瞬わかんなくなったし。ライトとか。


おすすめの場所


高橋:また、落ち着いたらみんなで福島に行きたいです。おすすめの場所はありますか?

藪内:新しく色々できてるよ。もう5店舗くらい店が増えてるかな。あと、ゲストハウス「La Union(ラウニオン)」ももうすぐオープンするんですよ。面白い子が結構地元に戻りはじめてるんです。
東京で仕事しなきゃみたいな感じはもうあんまりなくなりつつある、ってぼくは感じます。
あと、この通りに出店できないからって一本裏に新しい店が広がってきていて、なんかこの通りが、線から面になってきているのを感じる。

小林:地域一帯がもりあがっているって感じですね。

藁谷:引越しをして、ぼくは目に見える近くの場所がおすすめになってきています。
うちのお店の隣に、「大町おかめや」さんという、お蕎麦が美味しい店があります。夜、飲みながら一品料理出してくれて、蕎麦を食べるっていうのがすごくよくてお連れしたい。

あと、王芳の隣に「うろこや」さんっていう甘納豆屋さんがあって、それ今も大好きなんですが、PICK-UPが移転した今のお店の近くには「松屋 清風庵」さんという和菓子屋さんもあって。そこは和菓子とかすてらとか、美味しいので、お土産にぜひ持っていって欲しいな。
岩瀧酒蔵」さんのおでんも美味しいね。
あとは「ラブソング」っていうバー。

田部井:良さげですね。その名前。

高橋:新しくできたところですか?

藁谷:「ラブソング」は前からあります。
新しくできたところは中華料理屋の「CHINESE DINING hiro」さんとか。

藪内:お惣菜屋やバーもできたり。

藁谷:「大町 おかめや」さんの上にバー「KAMEJI~1950’s COOL JAZZ & CLASSIC COCKTAILS~もできたんですよ。そこも凄く良くて。また自分の近くで紹介したいところが増えていますね。
美容室も、カフェも増えてきたし、自分たちよりももっと若い世代が、頑張っている人たちが多いのかな。

田部井:未来につながる感じがありますね。

藪内:考え方もいい子たちがいる。さっき話していたゲストハウス「La Union(ラウニオン)」の子は七年くらいかけて自転車で世界一周をしてきた子なんです。ウェルカムドリンクをつくりたいって言っていたんだけれど、普通だったら、自分のお店で出すじゃないですか。ゲストハウスの1階をレストランにして、そこで出すとか。でも、その子はコインをつくって、それを自分の好きなお店に持っていって出すと、そこのお店のドリンクをいただけるっていうようにしたんです。自分のところだけで完結させない、街に行ってもらうようにって。

そういう子が福島に戻ってきてくれるのが、宝だと思う。
ちょいちょい来て相談とかしてくれるんで、可愛いなって思っちゃいますね。
大変苦労していますけどね、だから何かサポートできたらいいなって、思います。

kvina:なるほど。

藪内:ぼくが好きな場所は、最近山登りに嵌っているので、山ですね。近場に山いっぱいあるんで。
安達太良山とかはロープウェイでも行ける。
安達太良山の薬師岳パノラマパークから見る福島もすごくきれいなので、お連れできたらいいな。
あと、土湯温泉の近くに女沼っていうところがあって、そこもすごく綺麗。人工物が殆どなくて、そこで朝飯食べたり、カヤック乗ったりするのもめっちゃ楽しい。

カラスガサキ展望台からは福島が一望できる。福島は盆地なんで、山々が見えます。山を見ながら、あの山は登った、あの山はこうだ、とかそんな話をしたりするのが楽しいですね。
自然が近いから、コロナでも山登りに行けたりする。
高速ができてから、海もまた一時間くらいで行けるので、思ったより海も近い。
中通りは両方に行きやすいですね。
ぜひみなさんに行ってほしいです。

kvina:ぜひ行きたいです!

藁谷:何回も来ないと。

kvina:ですね。

田部井:お取り寄せのおすすめもありますか?

藪内:最近できた「いちご家族」。福島からは離れているのですが、鏡石町というところがあります。そこでいちご農家をゼロからはじめた男の子がいて。もともとその子は大手の製薬会社にいたのにやめて、自分でお金借りて、ハウス建てて作っている。何年か修行したみたいで、完熟で採るいちごなんです。甘さがちょっと違くて、こないだ食べたらすごく美味しかった。それが取り寄せできる。

藁谷:ヤブウチビルの3階にある「食堂ヒトト」では最近お菓子便をやっています。ボックスも可愛いし、お菓子も美味しいのでぜひ利用してほしい。

藪内:あと「食堂ヒトト」の元スタッフだった大橋祐香ちゃんが独立して作った「コケス」のお菓子もすごく美味しいんです。

高橋:私、去年「コケス」からお取り寄せして凄く美味しかったです!レモンケーキ!

藁谷:レモンケーキ美味しいですよね。自分たちの知り合いのところでお取り寄せしてもらえるの、凄くうれしいです。

藁谷:もともと「BarnS」があった場所の二階でやっていた古本屋「コトウBOOKS & CAFE」さん。その小島くんが「BarnS」が抜けたあとあのビルを借りてくれました。古本屋とこけしの店で、お茶も楽しめる。
小島くんはぼくらより年下なんですけど、すごくがんばってる。ぜひ会いに来て欲しいな。

藪内:三春にある長谷川ちえさんの「in-kyo」さんにも行ってほしい。行くまでの道のりもまた、いいんですよね。

藁谷:道中が田舎道で、畑とかあって、のどかなんですよ。そこからちえさんのお店まで行くルートがめちゃくちゃ気持ちよくて。みんな好きです。

藪内:三春には観光名所の滝桜もあるんですよ。

藁谷:ちえさんは、三春町のいい場所紹介して、今自分で開拓しながら地図を作ったりしているし、すごく面白いスポットだと思います。

kvina:たくさんのおすすめ色々ありがとうございます。

藁谷:薮内くんとよく言っているのは、行った先のお店でおすすめを聞くと、またそこから色々広がってゆくじゃないですか。だからやっぱり足を運んでほしいな。
お店お店でおすすめのお店も違うし。

kvina:はやく行きたいです。

薮内:色々アテンドしたい。

藁谷:泊まりでやりたいね。温泉入りたいよね(笑)

小林:十年後越しの温泉リベンジ!

藪内:「フォレストパークあだたら」っていう施設があるんですけど、そこではキャンプもできるし、ロッジもあって泊まれるんですよ。温泉もある。

藁谷:ロッジを一棟借りられるんですよね。材料を持っていってみんなで料理したりもできるし。温泉の泉質がめちゃくちゃいいんですよ。

藪内:温泉もいいよね。

藁谷:十年越しのリベンジしないと。

藪内:またお酒注がれて、入れないんじゃないの?!

藁谷:でも、みんなまだお酒強いの?

田部井:もしかしたらパワーアップしてるかもしれない(笑)

藪内:だって十年間育ててきたんだよ(笑)


これからのこと


高橋:今後LIFEKUでは、こんなプロジェクトがあるとか、そういうのはありますか?

藁谷LIFEKUは、藪内くんとも話していたんですけど、震災から十年経って、震災復興という形で活動するというのは、今の生活のなかではそんなにないかもしれないと思って。
ピンバッチ事業とか、福島ナビとかは大事に残していきたい。
活動としては縮小していきたい気持ちはあるけれど、自分たちのやってきたことは続けたいという気持ちもあって、いま整理しているところなんです。
どちらかというと、今、自分たちのこの中通りとか、お店のこととか、十年前の震災より前のように、それぞれが仕事をしっかりやりながら地域に返していく。
震災復興という活動は少し落ち着いたのかなという感じはします。

藪内:ちょうどぼくたちを見てくれていた司法書士の事務所が解散という形になって。ぼくらも法人格になっていたのですが、毎年法人税を収めつつ、更新にもお金がかかっていたので。なので、一回解散して、残すべきものは残して、あとはウェイトを軽くしていこう、って。十年前、ぼくたちがやろうとか、やらなければならなかった活動自体が、もう形が変わってきているので。今は地域のことや、子供のこと、未来のことに目を向けていろいろなことができたらいいなと思っています。
みんなでこの通りのイベントとか、この街の都市計画とかにも手を付け始めているところです。
あとは、コロナだから、できなかったものもいっぱいあるけれど、各自のお店で、音楽やアートのイベントなどを考えたりしています。

藁谷:色々やりたいけどね。本当にね。

藪内:やりたいよ。

藁谷:色々できなくて、もんもんとしています。やりたいことがいっぱいあって、でもできなくて。

藪内:もんもんとするよね。

藁谷:それが苦しかったりもするけれど、その分お店とも向き合えているんで、幸せかな。

藪内:いいと思う、今は。

藁谷:今、藪内くんとか文化堂の中野くんとかを中心に、県庁通りを良くしようって動いていて。商店同士の繋がりもまた強くなっている。
ただ、LIFEKUでやってきたことは、ずっと残して行きたいっていう気持ちは、ぼくはずっと強くて。毎年、震災の日にピンバッチの写真であげてくれるひとも多くいて、そういうのを見るとLIFEKUの活動は、自分たちのものというよりは、みんなのもので、それが震災を考えるきっかけになるなら続けていきたいな、と。
それをどういう形で落とし込み、自分も藪内くんも負担のない形で続けて行けるのか、ということを考えているところかな。

田部井:今日、おふたりのお話を聞いていて、エネルギーが満ちみちていることに感激しました。やりたいこととか、お店の紹介もすごい量を教えてくださったりとか、今、エネルギーが溜まっているところなのかな。

藪内:そうかもしれないですね。

高橋:私はふたりが福島にいる、いつもあの場所にいてくれるって思うだけで、それが凄く力になる。きっと私だけじゃなくて、福島や県外のお客さんとかにとってもそうだと思う。これから形がかわっても、ふたりがいつもそこにいてくれるっていうだけで、ありがたいです。なので、これからもよろしくおねがいいたします。

藁谷・藪内:ありがとう。めちゃくちゃうれしい。

高橋:個人的な話をすると、私、今旦那さんの仕事の関係で、大阪で過ごす時間が多いのだけれど、大阪は商人の街で、お店に行くとすごく話しかけてくれるの。周りに友達はいないけれど、買い物で外に出かけて、八百屋さんと話をしたりとか、美容師さんと話をしたりとか、それだけで毎日の生活が充実する。ああ、人と人とが交流するっていうのは、物の売り買いだけじゃないものを交換しているんだ、と思って。それは知らない土地で住みはじめての発見だった。だから、福島のお店のふたりのことも、考えたりしました。

藁谷:今日、こうして話せてよかった。

藪内:十年という年月を一緒に歩んできた。今日も思い出を振り返るといっぱいあったじゃない。この十年間、こうしてお話できる間柄でいられることも、すごく嬉しい。

藁谷:あらためて、こんなにたくさん、福島に来てくれているんですよね。それがありがたい。

藪内:また来たいって言ってくれてるんだよ。

田部井:行きますよ!

高橋:お酒いっぱい持ってね。

前田:おふたりの話を聞いて、私もがんばらなきゃって思いました。おふたりが、いつも、自分の住んでいる場所を大事に思っていることに胸打たれます。今、自分が暮らす場所にもそういう風に目を向けたいなって話を聞きながら思いました。

小林:十年前に出会えてから、福島の街を想う時、おふたりのこととか、おふたりを通して出会った人のことを思い出せるということ自体が、すごく嬉しいです。なかなか頻繁には伺えないけれど、その人のことや言葉を思い出すと近く感じるし、まだまだこれからも、もっと会いたい、遊びに行きたいって思います。
十年目の温泉リベンジ、実現しましょう!


※すべての写真は、二次的利用、プリントアウトを禁止します。














































































PARCOのロゴスギャラリーの展示
















































福島バードハウスプロジェクト
“TUPI”


FOR座REST
LOVE Letter From FUKUSHIMA


utsuwa.garally あんざい

食堂ヒトトのランチ

王芳のぎょうざ






































































































































































































































































































































































 LIBRO de kvina  2021